和泉市立芦部小学校 講演会

2015年6月19日 10:30~11:15(低学年)、11:30~12:15(高学年)

明治20年創立の小学校です。校長室の写真を眺めてその歴史を感じていました。
1年生から3年生の子ども達にお話させていただくのは初めての経験でした。演奏はもちろんですが、思いを伝えるためには言葉も鍛えていかなければなりません。これからも精進して参ります。下に感想文を掲載していますので、是非ご覧ください。
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感想文

・左手のピアニスト
 右手が不自由な有馬さんに今日は人権講演会で自分のことについて話してもらいました。有馬さんは大学3年生に右手が不自由になりました。ピアニストを目指していた有馬さんにとっては最悪だったと思います。でも左手だけで弾ける曲を練習しました。私は立ち直ることができたのはすごいと思います。でも最初は楽しくなかったと言っていました。たしかに大好きな曲が片手だとひけないので楽しくないと思います。でも左手だけで弾いた曲を聞いてもらって喜んでもらったとき初めて楽しかったと思ったんだと思います。やっぱり体が良くなかったら障がい者かもしれないけど、自分の生活に不自由が感じなかったり、楽しいと思えるならそれでいいと思います。手を使えるのはあたりまえのことだけど使えない人もいるのであたりまえのことに感謝しなきゃいけないなと思いました。

・「タランタンッタンタターン」そんな、きれいな音色が聞こえてきました。それも「左手」だけで、弾いています。暗い感じの所や、それとも真逆の、明るい感じの所の、かんたんに分けて二つ、ひきわけていたので、とてもそんけいします。有馬さんは大学3年生の時に、「ジストニア」にかかってしまったと、言っていました。そんな時に、支えてくれたのは、有馬さんの師しょうで、有馬さんも師しょうのような存在になれるように日々努力しているそうです。初心者むけの、「さくら」や「しゃぼんだま」などを作っていて、聞いたとき、両手でひいているかのようで、感動しました。お話を聞いていて「障がいは、自分が障がい者だと思って、きめつけていると何も始まらないし、障がいのまま。車椅子に乗っている足が不自由な人は障がいなのに、ケガをして一ヶ月だけ、車椅子に乗っている人は障がいじゃないとしたら、決めつけているだけで、障がいってそもそもいったい何なんだ」その言葉を聞いて名言だなぁと思ったし、決め付けるとなにも始まらないとあらためて思いました。

・ありまさんの話を聞いて
 わたしは、ありまさんのお話を聞きました。左手だけで、ピアノをひいてきれいな曲をひけるとは、わたしは、すごいとおもいました。だって、わたしだったら両手でひかないと、きれいにはおもえないからです。だから、ありまさんはすごいとおもいました。ありまさんは、ジストニアというめずらしい病気なのに、がんばって左だけでひくのは、すばらしいことだとおもう。どうせならピアニストなんてやめちゃえって、おもう人もいるくらいのおもい病気なのに、ありまさんは、がんばってきたんだとおもう。わたしは、ありまさんのみかたになってあげよう、そういう気持ちがたいせつだと、お話をきいてわかった。ゆめは、ぜったに、きえたりしない。わたしは、じぶんのゆめも大人になったらかなう。ありまさんはすごい。

・「左手のピアニスト」
 6月19日に、人権講演会がありました。毎回、いろんな人が来ます。今回は、左手のピアニスト有馬さんが来ました。有馬さんは、最初にピアノを演奏してくれました。ポロロン、ポロン、と左手だけとは思えないくらいの音で、私は「すごいなぁ」と思いました。有馬さんは、20才のときに右手が不自由になりました。リハビリをして、ものをつかんだりはできるけど、ピアノは弾けないんだそうです。最初の曲の他にも「さくら」などを弾いてくれました。どれもきれいな曲でした。左手だけでも弾ける曲は3000~5000曲くらいだそうです。有馬さんは最後に、「障がい者って?」という質問を投げかけてきました。私にはわかりません。でも、左手だけでのピアノはとてもすてきなので、これからも気にせず、がんばってほしいな、と思います。

・有馬さんのお話を聞いて
 有馬さんはピアニストで4才のころからピアノをやっていて、だけど大学の3回生のときにジストニアという病気にかかってしまい右手が動かなくなりました。左手でピアノをひくようになりました。左手だけの曲は3千から5千曲くらいあるそうです。左手で弾く曲はどれも難しそうなので簡単な曲を作っています。有馬さんは、「さくら」や戦争や病気で手が不自由になった人のための曲などを演奏してくれました。私は、左手だけでピアノを弾くのが大変なのに有馬さんはうまくひけていてすごいと思いました。ジストニアという病気はいつおこるのかが分からないからとてもこわい病気だと知りました。有馬さんは両手で弾けなくても左手でやっているからピアノをそれだけやりたいのが分かりました。有馬さんのように手が不自由でも何でも出来ることが有馬さんの話で分かりました。

・希望
 有馬さんの話を聞いて思ったことは、希望をもつことはいいことだな、て思いました。有馬さんは四才からピアノをやっていると聞いて「一緒や」って思いました。私も今楽しくピアノを弾いているけど急に手の病気になってしまうかもしれません。私だったら多分やめてしまうと思います。もうピアノを弾かなくなると思います。有馬さんもあきらめかけていたと思います。でも希望を持てたことはすごいと思います。正直、そんけいします。ピアノは右手でメロディを弾いているので左手だとかなり大変だと思います。そして、自分自身の障がいを受け入れたのも「すごいな」と思います。しかも、右手が不自由だと感じなくなっています。私は有馬さんの話を聞いて、もっとピアノを上手になって色々な有名な曲にチャレンジしていきたいです。もし病気になった時は、有馬さんの話を思い出せたらいいです。有馬さんもピアニストとして色々活やくしてほしいです。

・「希望のバトン」
 希望のバトンをわたそうと思った。有馬さんが経験していたから、ほかの人の気持ちがよくわかるのだ。手に障がいを持つ人たちのために、しているバトンは、すごいものだと思う。私なら、自分の夢がかなえられなくなりそうな時、希望を捨てていたかもしれない。でも有馬さんはちがった。いっしょうけんめい悩んでやってきたから、左手でもとてもうまくピアノが弾けるのだと思う。 希望のバトンをとどけるために、努力するのは、すごいです。私なら、自分のことにいっぱいになってしまい、まわりの同じような人をみれなかったかも。ましてやバトンを届けるなんてできなかったかもと思う。今回の話を聞いて有馬さんのように、希望のバトンを届ける人がもっといるかもしれないと思ったし、自分にも何かできるかもと、思う。もう一度障がいについてよく調べてみようと思った。

・左手のピアニスト
 ひだり手が、つかえなくなってしまった、ありまけいすけさん。でも、なんで、あんなにどりょくできるんだろう。ピアノが大すきだからかな。そんなけいすけさんが、学校にきてくれました。いろいろな音がく、たのしい音がく、むかしの音がく、といろいろな音がくでした。わたしが、しっていた音がくで、ありまけいすけさんが、きょうひいてくれた音が、さくらさくらです。このきょくは、よく、そばやさんなどで、ながれている音がくです。わたしは、おんがくがすきです。ありまけいすけさんは、いろんなせかいをまわって、みんなにピアノを聞かせてあげているのかな。それとも、いえでピアノのれんしゅうをしているのかな。きょうはとってもたのしかったです。また、ありまけいすけさんとあいたいです。

・あきらめなかった有馬けいすけさん
 有馬けいすけさんは、4才からピアノを習っていて、ピアノが大すきでした。小学校でも習ってて、中学校でも習ってて、大学でも習ってて、すごく、ピアノがすきという気もちが、とても、つたわってきました。でもとつぜん、右手がびょう気になってふ自由になってでも、有馬けいすけさんは、ピアニストになるのをあきらめずに、一年間、右手が動かせようになるために、いっしょうけんめい練習しました。グーチョキパーや、コップを持つのはできても、でも、ピアノをひくのは、むずかしくて、はやくひけなくても、ピアニストになる気持ちは強かった。そして、有馬さんがいい考えを思いつきました。右手がふ自由でも左手は動くから、左手でひけると。そして、有馬さんは、左手でひけるのを練習して、ずっと練習したから、ゆめがかなって、ピアニストになりました。有馬さんのひくピアノはとてもきれいで、とてもいい曲でした。ひいたのは、わたしの知らない曲ばっかりだけど、とてもきれいなメロディーでした。左手がつかれてそうだったけど、有馬さんの気もちは、またピアノがひけてうれしそうだったです。有馬さんは、いろんな曲がひけて、いいなぁと。わたしは、そう思いました。わたしも、もっといろんな曲をひいていきたいです。わたしも、ピアノがもっとすきになりました。これも有馬さんおおかげです。これからも、ピアノをひきつづけてください。

・左手のピアニスト 有馬圭亮さんのお話を聞いて
 有馬さんのお話を聞いて思ったことはジストにというびょうきが大学三年生になった時におこって右手、左手で、ピアノがひけなくなったのに、でもあきらめずに練習したのがすごいなと思いました。どうしてかというと、自分のゆめをあきらめたくないという気持ちがあったからです。訓練の結果、ノートのページをめくったりコップを持ったりできるようになったけど、ピアノははげしくうごかすからむりになったけど、病気になっていない左手があるから別の道だけどやるのがすごいと思いました。どうしてかというと、もうむりだと思わずに別の道だけどあきらめずにピアニストになったからです。ぼくもその気持ちがほしいなと思いました。ぼくはあまり上手じゃないけどそこから練習していったら上手になっていくとわかりました。左手だけであんなに早く上手にひけるのがすごいと思いました。あんなに早く上手にひけるなんてすごい練習(訓練)がいると思いました。僕の将来のゆめはテニス選手かサッカー選手です。でもピアニストと同じでプロになるには、毎日練習しないとなかなかなれないということがわかりました。ぼくはたまにお父さんといっしょにテニスの練習をしているけど、とくなフォアとバックしかしていないので、苦手なサーブやスマッシュボレーなどもやってみたいです。有馬さんの音楽を聞いて思ったことはいろいろ曲があるし、それぞれ楽しみがあってしかも100年前の曲や別の国の曲もあると知ってとてもびっくりしました。しかも聞いたことのない曲ばっかりだったので、さいしょワクワクして聞いているときに「へーこんな曲だったんだな」と思いました。ありまさんは、とてもすごい人だと思いました。どうしてかというと、自分のゆめをあきらめずにかなえていたし、ピアノをあんなに早く弾いていたからです。僕も有馬さんみたいにいっぱい練習して、そして上手になりたいと思いました。

・ありまさんへ
 ピアノすきになりました。ピアノのちいさいととちいさいおとすてきです。ひだりてでひけるひとおらないでしょ。

・有馬圭亮さんへ
 6月19日は、すばらしいピアノえんそうをしてくれて、ありがとうございました。4さいのころから、ピアノをならっていて、続けていた。6年前20才の時に、ジストニアという病気にかかってしまい、あこがれのピアノをあきらめず、夢にむかって左手でピアニストを目指して、左手だけとは、むずかしいのに、よくあんなにむずかいしい曲をひくなんてすごいと思います。私も5さいのころから、ピアノをならっていて、本当は両手でひきたいのに、右手が動かない苦しみがわかります。私は、ピアノの発表会の前日にようちえんで、つきゆびをしてしまい、発表会は出れませんでした。今まで練習してきた。発表会の曲が水のあわになって、とてもなきそうでした。どうして自分はあの日、つきゆびをしたんだろう?と今でも思います。6月19日は芦部小学校にきてくださってありがとうございました。

・ありまさんへ
 ぼくは足がわるくて、ありまさんは右手がわるいけど、リハビリをかさねて、大体いけるようになるなんてそんけいします。僕もがんばります。あるけるようになります。

・有馬さんへ
 有馬さんのえんそうをきいて両手でひいてるみたいに見えました。大学3年生の時、「ジストニア」という病気になって右手が不自由になっても、一年間リハビリをしていろいろできるようになったのはすごいと思いました。いろいろなことをつみかさねていくといい事がおきると思いました。ありがとうございました。